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★シングルマザーがやってきた★

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ハスの花が咲いてた

このところずっと気になっていたことがあって、それを解決するような二つのフレーズに出会ったのでなんとなく書き留めておく。

だいたい私は実母と相性が悪くて、もう何をしても全部悪い方にしか取れなくて困っているのだけど、厄介なのは先方は絶対そう思っていないところ。
相性って。
悪い人どうしは悪いという自覚があれば、あまり交わらなくて済むと思うんだ。
けど、一方が自分は相手と相性が良いと思っている場合があるよね。
往往にして。うん。良く私はこういう目に遭ってきている気がする。
残念なことに、どちらの立場にも立ったことがあるけど。
今回は、私は苦手だが相手はそう思ってないパターンね。

気になっていたこととは。
子どもの虐待のニュースって絶えないよね。
いじめがなかなか無くならない、戦争がなかなか無くならない、弱いものいじめなり大義があっての戦いなり、色々性質は異なれど、とにかく私がいつも気になるのは、この子ども虐待のニュースの時だけ異様に母が反応すること。

「んまー可哀想にねえ、どんなに可愛くたって、叩いたりしようなんて思わないのにねえ」

と、さも自分が超絶善人にでもなったようなコメントの羅列が始まる。

言っちゃぁなんだが、私の母は決して善人の域では無い。
いやだけど、見る人から見たら、そんなに悪人でも無いらしい。
私は好きじゃ無いけど、他の人の目から見たらそうじゃないというのはなんとなくわかる。
けど、いつもこの虐待のニュースに対するコメントを聞くと、イラっときてしまう。

そもそも、母は子どもが嫌いだ。
子ども嫌いなんだから、どちらかといえば虐待したい方だろうがよといつも思ってる。
その意識をすんでのところで抑えているというか。
抑圧された意識が、こういうニュースの時に何かの形を変えて出てくるのではといつも、つい思ってしまう。

けど、こうして文章にしてもなんの説得力も無い。
それを、ああなるほど、この感覚だなと思ったのが以下二つ。どちらも抜粋です。

まずは槇原敬之「LOTUS IN THE DIRT」より。
ベストアルバムを聞いていて、ハスの花っていう歌詞はJ-POPSには珍しいなと思って歌詞検索してみた。

なにも与えようともしないで
満たされないと嘆く
学ぼうともしないくせに
解らないと逃げてばかり
可哀想と眉をひそめて
自分じゃなくて良かったって
安心しているだけ
ただそれだけなのが怖くて


これだよこれ。

あとは「ニーチェの言葉」No.141より。

「人の高さを見る眼を」

誰かの低さばかりを見ることによって、自分が愚かで努力していないことに目を瞑り、自分はああいう人間よりは高いのだと思いたがっていることになるからだ。


まさにうちの母ってこれだと思う。
向上心がない、と言ってしまえば、向上心はあって当たり前的な言い方になるけど、
向上心がないこと自体を決して悪いこととは思ってない。
けど、その向上心のなさを、何かしら隠そうとする。それが嫌なんだ。
自分はもっと高尚な人間だと思っている。
それをアピールしたくて仕方がないんだ。

認めればいいのに。
向上心なんて無いタイプなんだと。

実は昼寝ばかりして、食べたいものばかり食べて、稼いだお金をがっぽり独り占めしてのんべんだらりと過ごす老後なんだと。
それが厳然たる事実なんだと。

私は幼いころ、母はとても優秀な人だと思ってきた。
あの年代にはそんなに多くなかった大学を卒業していたし、私の受験の時にはとにかくやたらと勉強するように叱りつけてきたものだ。
だけど自分が大人になってわかる。
私の足下にも及ばないくらい、色々とダメな面がある人なんだ。
唯一、片付けくらいでしょう、私の方がダメなのは。
それをよくも、幼い頃から私が解らないのをよいことに、大きく出てきたもんだな、と。
恨み節も私にはある。

いろんな意味で上の二つのフレーズがとてもしっくりきた。

タイトルは、そのマッキーの歌の1フレーズ。
ハスの花が、咲いてた。その前後の歌詞とあまりにも関係ないので、きちんと聞かないとその突飛さに一瞬頭が混乱する。
それくらい、この歌詞の世界観は、表層的にはハスと関係ない。
槇原敬之って本当にすごいと思います。

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